2021年4月18日 / 最終更新日時 : 2021年4月28日 keitokushoin 身辺雑記 「敬徳書院」の扁額のこと(五) 読む人によってはどうでもいいような話が、延々と続いている(ような気がする)。これぞ典型的な年寄りの長話というものであろう(笑)。自分でも呆れるほどの締まりのなさである。石原さんが猪本さん宅に出向いて「敬徳書院」の扁額を […]
2021年4月11日 / 最終更新日時 : 2021年4月28日 keitokushoin 身辺雑記 「敬徳書院」の扁額のこと(四) ネット上に「敬徳書院」の扁額の写真を発見した当初は、その写真を拡大コピーし額にでも入れて飾るだけで満足するはずであった。しかしながら、ネットで見付けたブログの記事を読んで、扁額が個人宅に所蔵されていることが分かったこと […]
2021年4月4日 / 最終更新日時 : 2021年4月17日 keitokushoin 身辺雑記 「敬徳書院」の扁額のこと(三) この間、北前船の航跡を辿って日本海沿岸の各地を巡る機会が三度ほどあった。北前船の稼ぎは、大阪から北海道に向かい北海道から大阪に戻る一航海で、1,000両にも達すると言われたほどだったので、船主たちの中には富豪となる者も […]
2021年3月28日 / 最終更新日時 : 2021年4月3日 keitokushoin 身辺雑記 「敬徳書院」の扁額のこと(二) この間、調査旅行で石川、福井、京都、大阪と廻ってきたので、(一)の投稿から大分日にちが経ってしまった。今回の調査旅行についても、そのうちブログにあれこれのことを綴ってみるつもりであるが、それはこの「『敬徳書院』の扁額の […]
2021年3月19日 / 最終更新日時 : 2021年4月17日 keitokushoin 身辺雑記 「敬徳書院」の扁額のこと(一) 私は現在、「敬徳書院」という名のネット上の一人かつ自分出版社の店主を、勝手に名乗っている。名刺の肩書にも「敬徳書院」店主と記して、老後の道楽に耽っているのであるが、そんなふうになった経緯については、すでにホームページの […]
2021年1月6日 / 最終更新日時 : 2021年2月12日 keitokushoin 身辺雑記 静かな新年を迎えて 2020年も過ぎ去り2021年の新年を迎えた。そして今日はもう6日である。年が改まったからといって、特に何かが変わるようなことはないのだが、それでもあれこれと思いを巡らすことはある。今年の正月は、何時ものように注文して […]
2020年10月12日 / 最終更新日時 : 2021年1月21日 keitokushoin 身辺雑記 「わが町」から(下) 前回新しい駅名について年寄りの愚痴めいた感懐を述べさせてもらったが、こうした思いは団地の名称にもそのまま当てはまる。私が今の団地に越して来る前に住んでいたところは、中山にある宮根団地である。そして、同じ都筑区には川和団 […]
2020年10月5日 / 最終更新日時 : 2021年1月21日 keitokushoin 身辺雑記 「わが町」から(中) 前回、「わが町」という感覚がなかなか生まれないのは何故なのか、そんなことをぼんやりと考えてみた。そこにはあれこれの理由があるのだが、しかし、そんなことを考えること自体が、もしかすると「わが町」の発見や創造に繋がるのかも […]
2020年9月28日 / 最終更新日時 : 2020年10月15日 keitokushoin 身辺雑記 「わが町」から(上) 先月末に思い切って電動自転車を購入した。これまで乗っていた自転車も大分がたがきていたし、乗り手のこちらも年を取ってきたので、スーパーに食材を買いに出かけるだけなのに、ちょっとした坂道を上るのが何とも億劫になってきたから […]
2020年9月14日 / 最終更新日時 : 2020年9月17日 keitokushoin 身辺雑記 「見果てぬ夢」とは シリーズ「裸木」の第4号は、『見果てぬ夢から』というタイトルにした。冊子が最近出来上がったことについては、このブログでも何度か触れているので、あらためて繰り返したいわけではない。勿論のこと冊子の宣伝をしたいわけでもない […]