カメラを片手に(上)-文化展に出品して-

 現在私は年金者組合に加入し、そこの組合員となっている。退職後に年金暮らしに入ったわけだが、そうした折に、地元の知り合いから組合に入らないかと誘われた。もともと組合は嫌いではないし、大事な組織だと思ってもいるので、迷うこともなくすぐに加入した。この年金者組合は個人加盟の全国組織であり、各都道府県ごとに本部が置かれその下に支部があるという組織構造になっている。

 神奈川県の県本部は、傘下支部が50を数え組合員は1万人を擁しているとのこと。横浜市の場合は各区ごとに支部が組織されており、私が属しているのは住まいのある都筑支部である。この支部の組合員はたかだか50名ほどであり、県下の50支部のうちどうももっとも小さな支部のようだ。区ができてから25年しか経っていないうえに、都筑支部ができたのは10年ほど前なので、まだまだ小さな支部である。

 この年金者組合が毎月ウオーキングを企画しており、そこに私が毎回のように顔を出していることは、このブログの読者であればご存知のことであろう。出掛けるたびに、眺めてきたことをブログに投稿し、ついでに写真も載せているからである。このウオーキングは、緑支部と青葉支部と都筑緑支部の3支部合同で実施されている。というのは、都筑支部が小さいこともあって、支部単独で何か催し物を企画するのが困難だからである。

 今ウオーキングが毎月開催されていると書いたが、正確には8月と10月を除く毎月である。8月には年金者文化展が開催され、10月には泊まりがけの小旅行があるからである。今年の旅行先は御殿場だということだったが、2日目が平日にかかるために、現在病院通いが続いている私は参加することができない。来年は元気になって是非とも参加したいと思っているのだが、それはそれとして、今回の本題は小旅行ではなく文化展の方である。

 この年金者文化展を眺めに出掛けたのは、去年が初めてである。それほどのものではないだろうなどと生意気に思っていたが、丁寧に眺めてみるとなかなかの作品が並んでいた。勿論作品のレベルにはかなりのばらつきがあったが、それでも私が予想していた以上のものであった。その感想については、以前にブログで紹介したことがある。この年金者文化展が、今年も長津田駅の側にある緑区民文化センターで、4日間にわたって開催されることになった。今回が第19回ということだから、始まってから大分年季が入っている。

 年金者組合の新聞に挟まれたチラシを見ていたら、そこに文化展に出品する作品を募集しているとの案内があった。去年も見ていたはずなのだが、まったく気付かなかった。作品を出品しようなどとは、思ってもいなかったからであろう。しかし今回は違った。このところ風景写真に大分興味と関心が沸いてきていることもあって、この機会に出品してみようなどと不遜にも思ったのである。去年見てきた経験から、たとえ自分のような素人の作品であっても、応募してかまわないだろうと勝手に判断した。

 そこで、気に入った写真3枚をA4に拡大して額に入れ、それを出品することにした。額に入れると、それだけで何だか立派に見える(ような気がする-笑)。書き散らしたブログの文章を纏めて冊子にすると、既に読んでいるはずなのに、何だか違って見えるのとどこか似ているのかもしれない。今回冊子を贈呈させていただいた何人かの方から、そんな感想が寄せられた。違って見えるなどと言われて褒められると、こちらとしては作りがいがあるというものである。

 今写真を3枚と書いたが、写真の数え方はいろいろあるようだ。通常は「枚」で数えるのでかまわないらしいが、デジタルカメラで撮影した写真の場合は「齣(コマ)」でも数えるし、 昔を思い出させる写真や貴重な写真の場合は、詩的な表現の「葉」でも数えるとのこと。また、作品として扱う場合や記事の中で用いる写真は「点」でも数えるようだ。「葉」が詩的な表現だというのが面白い。

 今回出品する写真は、私にとってはそれなりに貴重なものなので、3葉と数えさせてもらってもいいのかもしれない。葉などと言うと、それだけで優雅な雰囲気が漂う(笑)。展示スペースに余裕があったようで、私の写真も飾ってもらえることになった。そうなると、今度は自分の作品を文化展開催の前日に会場に搬入し、最終日にはそれを搬出しなければならない。自前でやっている文化展だし、自分の作品を展示させてもらっているのだから、当然の作業である。

 搬入の日にたまたま別な用事があって、それに気をとられているうちに搬入し忘れたため、やむなく初日にあたふたと展示することになってしまった。出品した作品を、すべて年金者組合のウオーキングに出掛けた際に撮ったものにしてみた。敢えてである。というのは、この文化展は、年金者組合の宣伝も兼ねているようなので、その方がいいのだろうと思ったからである。それに加えて、私が撮る風景写真の多くは、ウオーキングの際に撮ったものだったからでもある。

 タイトルを「年金者組合のウオーキングから」とし、3葉の写真には「薬師池公園にて」、「小机にて」、「泉の森公園にて」と名付けてみた。いずれもウオーキングで出掛けた場所である。ウオーキングに出掛ける際には、いつもカメラを持参している。持って行くのは、ソニーの小さなデジタルカメラである。昔々一眼レフらしきものを使っていたこともあったが、クルマで出掛けるのであれば大きくてもかまわないが、日常の暮らしのなかで写真を撮ろうとしている今の自分には、荷物になる大きなカメラが邪魔なので、大分前に小さなものに変えた。

 大勢の人と一緒に出かけてともに移動している時には、被写体を探してゆっくりとカメラを向けているわけにはいかないが、幸いなことに、年金者組合のウオーキングでは、現地の見るべき所を見て記念写真を撮った後は、自由行動となることが多い。帰りの時間までは自由に行動して構わないので、同行の皆さんと離れて気ままにぶらぶらうろつきながら写真を撮っている。どこかに自分なりの美を発見できれば嬉しいのだが、などと思いつつ…。

 私としては自分自身の目に映る風景の美しさを探し出そうとしているので、大勢の人が撮影したくなるような場所やものにはなるべく近付かないようにしている。自分だけが見つけることのできた(と勝手に思い込んでいる-笑)密やかな美に、ひどく憧れているからである。隠れた美、静かな美、凜とした美、冥く沈んだ美、消えゆく美を見つけることができると、何だか嬉しくなる。

 そんなふうに思っていると、撮ろうとしている対象の美のありようへと心が向かっていくので、その結果、カメラの性能に対する関心が何となく薄らいでいるような気がしないでもない。大きく引き延ばしてプリントしても大丈夫であれば、私にとってはどんなカメラでもいいということなのだろう。写真の世界の広さも奥行きも知らない素人が語る、まったくの戯言なのではあろうが…。

 

PHOTO ALBUM「裸木」(2022/09/30)

老木の佇まい(薬師池公園にて)

 

春のざわめき(泉の森公園にて)

 

去りゆく夏(センター南駅前にて)