横浜市長選挙騒動記(四)
田中康夫候補と同じように世間に名の知られた候補者は、もう一人いた。元神奈川県知事で参議院議員の松沢成文候補である。今年2月に亡くなった私の友人であるKが、彼のゴーストライターを務めていた時期があり、松沢成文著の著作を何冊かもらったことがある。この松沢候補も、維新の会の公認で2018年の参議院選挙に立候補し、当選している。彼の経歴を見ると、実に目まぐるしく政党を渡り歩いていることがよくわかる。その数は10を超える(笑)。とんでもない数である。これでは、彼の政治信条が奈辺にあるのかを窺い知ることなど、とてもできそうにない。変わることが直ちに悪いなどとは勿論言わないが、あまりに変わり過ぎれば、もはや根無し草である。
こう見てくると、この間浮かんでは消えた新たな政党に飛びつくことによって、松沢候補は自分を目立たせることにのみ腐心している人物のようにも思えてくる。そんなわけだから、政治家として信頼するに足らないと感じたのは、私だけではなかろう。市民の運動への関心などは、無論のことゼロに近い。もともと彼の関心外であろう。しかしあらためて振り返ってみると、こんな人物を長らく県知事の座に居座らせていたのだから、われわれ有権者の方もまあ結構いい加減ではあったわけだが…(笑)。
そしてついでに、もう一人の奇妙な人物にも触れておこう。突如松沢候補の応援に馳せ参じ代表委員まで務めたのが、「市民の会」の共同代表として一緒に闘ってきたはずの慶應大学名誉教授の小林節であった。いったい何があったのか下っ端の私などが知る由もないが、おそらく「俺様病」や「どうだ病」の重症患者なのであろう(笑)。現在は、全国革新懇の代表世話人を務めているようだが、何とも不可解である。代表を頼まれれば、何でも引き受けるような人物だということなのか。こんなことをずけずけと書くと、周りにハレーションを起こしそうな気もしないではない(笑)。余計なことかとは思ったが、今回の「騒動」の興味深い一齣として、皮肉交じりで一言触れさせてもらった。
話のついでに付け加えておけば、一匹狼などと自慢げに自称している人間を、私はあまり信用していない。何故か。手を繋ぎ合わなければ、世の中に変化をもたらすことはできないと思っているからである。すなわち、uniteがあってこそのchangeである。uniteにはじつに面倒なことも多く、辛抱強さも我慢強さも忍耐強さも求められるのだが(私もそれで苦労しているー笑)、一匹狼の多くは、そうしたものをすべて放り投げてchangeだけを夢想しているからである。大事なものを見落としていると言わなければならないだろう。
今回の市長選挙では、結果としてネット上の大方の予想が外れたのであるが、そうなったのは、一匹狼の自意識過剰、自己顕示過剰なパフォーマンスに気を取られて、大事なことを見失っていたためではあるまいか。そういう人々を予想屋と言うのである。競馬の世界での予想屋はまだあれこれのデータを駆使しているようだが、政治の世界での予想屋は、たんなる思い付きを語っているに過ぎない。一匹狼は、今では目立ちたがり屋の代名詞となる危険性も十分に孕んでいるのであり、予想屋はそのことを忘れている。
7月31日に、近くのセンター南駅前で、山中竹春候補の街頭演説会が開かれることになった。その演説会で、「区民の会」の代表として開会の挨拶をやってくれないかと頼まれた。人前で話をすることが苦手で嫌いな私は、そんなことなどまったくやりたくもなかったが、立場上やむを得ず引き受けることにした。候補者は分刻みで市内を忙しく動いているので、その時間に合わせるために挨拶は3分でお願いしたいとのことだった。そのため、時間内できちんと終われるように、原稿をつくりそれを手元に持って話をさせてもらった。以下に紹介するのがその時の挨拶文である。当時のまま再録してみる。
本日の街頭演説会を始めるに当たりまして、主催者を代表して一言ご挨拶を申し上げます。いよいよ横浜市長選挙が目前に迫ってまいりました。巷では、この選挙の行方がたいへん大きな関心を呼んでいます。その理由は二つあります。ひとつは、菅総理大臣のお膝元で行われる選挙だからです。コロナとオリンピックへの対応で混乱と迷走を重ね、支持率を低下させてきた菅政権が、横浜市長選挙でも敗れるようなことになれば、万事休すとなる可能性が高いからです。
そして、もう一つの理由は、カジノ誘致問題に決着を付ける選挙だからです。2019年の夏に林市長が、「白紙」の姿勢を突如一変させ、カジノの誘致を表明しました。そうした暴挙に抗議して、住民投票条例の制定を求める運動が急速に広がったことは、皆様ご存知の通りです。20万近くの署名が集まりましたが、カジノ誘致に賛成する林市長と自民党、公明党の全市会議員は、そろってその署名を足蹴にしたのです。地方自治の根本精神を投げ捨てた行為で、とても許されるものではありません。
今度の市長選挙に関し、あれこれの方がいろいろと論評しておられます。候補者が乱立し、その多くがカジノ誘致に反対しており、誘致反対派が纏まり切れていない等々。すべてことの表面をなぞっただけのいい加減な論評です。今でもカジノ誘致にしがみついている林市長などは論外ですが、いわゆる反対派と称される候補者のほとんどは、「にわか反対派」に過ぎないからです。言うまでもありませんが、にわかに反対する人はにわかに賛成するのです。これまでカジノ誘致を推進する側にいた候補者が、それでは勝てないと思ったか、突如反対に回っています。まさに無責任・無節操の極みで、羞恥心の欠片もありません。
先日関内ホールで開かれた「横浜市長選挙の勝利をめざすつどい」に顔を出してまいりました。山中さんが何を語るのかを聞きたかったからです。そこで山中さんは、きわめて興味深い発言を二つされました。一つは、候補者となるに当たって「退路を断った」と言われたことです。もう一つは、この間の市民の運動から「教えられ、学んでいる」と言われたことです。大学の教員だった方のこうした発言に、私は心打たれるものがありました。
「にわか反対派」の候補者で、この間の市民の運動を高く評価した候補者など一人もおりません。ここに、山中さんとの決定的な違いがあります。山中さんは、特定の政党、特定の団体、特定の個人のための候補者ではありません。市民の候補者です。そして、山中さん御自身が、そのことをよく自覚しておられます。今度の市長選挙は、「横浜市民の、横浜市民による、横浜市民のための市政」を取り戻す、大事な大事な選挙です。山中竹春さんという若々しく清々しい新市長の誕生のために、是非とも皆さんのお力添えをお願いいたします。そのことを心から訴えて、主催者を代表しての私の挨拶とさせていただきます。
以上が当日の挨拶の内容である。投票日の前日となった8月21日には、同じセンター南駅前で最後の宣伝行動が行われた。大きなポスターを何枚も並べ、市民にチラシを配った。選挙期間中はマイクを使えないので、みんな地声で山中竹春候補を応援した。最後の応援の機会だということで、かなり大勢の人が集まったので、熱気に溢れたなかなか壮観な駅頭宣伝となった(この辺りはまったくの自画自賛であるー笑)。
市民の反応も上々だったので、押っ取り刀で馳せ参じた私なども、これならもしかしたら勝てるかもしれないなどと思ったりもした。運動には勢いというものがあるようで、それは大勢の参加者によってつくられるものであろう。そしてまた、その勢いがさらに大勢の参加者を生み出していく力にもなるのだろう。これぞまさに好循環である。そんなことを感じさせた最終日だった。やるべきことはすべてやったとの思いで、満足して家路についた。