晩夏の日本海紀行(一)-はじめに-
はじめに
今年の夏は炎暑、酷暑の日々が続いた。そんな夏もようやく峠を越したかと感じられるようになった9月の初旬に、秋田、山形、新潟と廻ってきた。9月に入ったのだから、タイトルは「初秋の日本海紀行」でもいいかと思ったが、暑かった夏の記憶が余りにも鮮烈だったもので、あえて「晩夏の日本海紀行」としてみた。専修大学とは、定年退職を機にすっかり縁を切ってしまった形の私だが、唯一残しておいた繋がりがある。社会科学研究所の参与という肩書きである。これもなくてもいいかと一時思ったこともあったが、間際になって考え直した。この肩書きがあると、研究所が企画、実施する調査旅行に、所員と同じような資格で参加させてもらうことができるからである。興味深い調査旅行に出掛けることによって、何か書けるかもしれないといった「下心」を抱いている私にとっては、やはり大事な肩書きだということになる(笑)。
今回の調査旅行のテーマは、「北前船の足跡をたどるPart2-東北日本海側:秋田~新潟-」となっており、Part2と記されていることからもわかるように、既にPart1が実施されている。昨年のほぼ同時期に行われた「北前船の起点をめぐる-北前船Part1-」と題する調査旅行である。私は、小樽や江差、函館を巡ったこの調査旅行にも興味を抱いたが、当時はまだ現職であったために、ゼミナールの合宿と重なってしまって、残念ながら参加することができなかった。仕方がないので、月報の特集号(No.654・655)を斜めに読んで、その雰囲気のみを味わった次第である。
そこで今回のPart2である。定年後とあって、都合などどうにでもなる身となったので、出掛けるのが待ち遠しかった。近くに住む訳知りの知人に今回の調査旅行の話をしたら、「酒も旨いし、料理も美味いし、美人も多い」などと言って羨ましがられた。今更美人に特段の関心があるわけではないが(これは本心である-笑)、件の彼が言うには、秋田美人、庄内美人、それに越後美人なのだそうである。出掛ける前から、何だか天国にでも向かうかのような気分であった(笑)。天国が近づいて来た年寄りが出掛ける場所としては、うってつけのところなのかもしれない。
私の個人的な目的は、北前船の寄港地の跡やそれにまつわる資料館などを訪ねて、エッセー風の雑文を書くための材料を集めるところにあったが、調査旅行ではそうした歴史に関わる探索だけに留まらず、三県に立地された先端工場や酒蔵、ワイナリー、米菓工場などにも顔を出した。それらの訪問先に関しては、同行の諸氏が詳しく紹介してくれるはずである。現代日本の産業や企業の動向について言えば、私などはまったくの素人である。初めて見るようなところを見学している分には十分に面白かったのだが、わざわざ文章にしてみたいと思うことは特にはない。以下では、自分の書きたいことを書きたいように、気儘に綴ってみることにしたい。こうした振る舞いを傍迷惑というのであろうが、傍迷惑を考えないのが年寄りの長所でもあり、また短所でもある(笑)。