旅の愉しみについて

 3月もはや中旬である。時折余寒もあるが、春の本格的な訪れはもうすぐである。今回は気分を変えて、心愉しくなるような話を書いてみることにした。「旅の愉しみについて」などと題したのはそのためである。不要不急の外出の自粛が求められている折に、旅の話とは何とも不謹慎ではないかと思われる方も、もしかしたらおられるかもしれない。

 だが、私はそれほど不謹慎だとは思っていない。何が「不要」「不急」であり、何が「必要」「緊急」であるのかは、結局のところ自分自身で判断するしかないものだからである。知り合いと夜に飲み食いに出掛けたり、繁華街を出歩くことなどは、当然のことながら私も自制している。

 いかしながら、昼は雨さえ降らなければ散歩も兼ねてほぼ毎日外出するし、時折一人で近所の店で外食もするし、またあれこれの店で食料以外の買い物もしている。ごくたまに、近場の温泉にもクルマで出掛けた。もっとも、これは私の流儀に過ぎないので、他の人に勧める気など更々無い。

 ところで、私の以前の勤め先である専修大学には、社会科学研究所が併設されており、この研究所は毎年春や夏にさまざまなテーマで実態調査を実施している。テーマに関心があれば、そしてまた特段のことが無ければ、私も参加させてもらっている。今回、「北前船の足跡をたどるPart4加賀~福井~小浜~京都~大阪」と題した春季実態調査が実施されることになった。私はPart2にもPart3にも参加してきたので、Part4にも喜んで参加することにした。

 2018年のPart2もそしてまた2019年のPart3も、ともに夏に実施されてきたので、Part4もこれまでと同じように夏に実施されるのであろうと思って愉しみにしていた。だが、昨年は新型コロナウイルスの影響で実施が見送られ、今年の春に延期されることになった。

 当初の計画では、2月24日から3泊4日で実施される予定であったが、緊急事態宣言が延長されたこともあって、この計画がまるまる1か月繰り延べられた。緊急事態宣言下に大学の研究所が実態調査に出掛けるわけにはいかないであろうから、やむを得ない措置である。

 1か月先送りになった実態調査であるが、その後先の宣言が再延長されたので、果たしてどうなることかと思っていたが、先日研究所から実施することにしたとの連絡があった。もらったメールには、「実態調査を『決行』することにした」とあったので、ついつい笑ってしまった(笑)。

 こちらは参加させていただく身であり、お気軽な立場なので笑ってしまったのだが、実施する側の責任ある立場の人間からすれば、あれこれと考えなければならないことも多いはずで、もしかしたら冗談抜きに「決行」という表現になったのかもしれない。「決行」などという物言いは、研究所の所長である宮嵜さんが如何にも口にしそうなので、そのことも笑いを誘った一因ではあったのだが…(笑)。

 私の場合、旅の楽しみの多くは、出掛けた先にあると言うよりも出掛ける前の準備の時にこそあるような気がする。いささか鬱屈した日常からもうすぐ離れることができる、そう思ってあれこれと準備している時が、無性に愉しいのである。これは、少しばかりブログの愉しみに通ずるところがある。書いている時よりも、何を書こうかと考えている時が愉しいからである。

 今回も同じである。インターネットで訪問先がどんなところなのかを調べ、関連する資料や書籍を購入して目を通し、早々と旅行カバンを引っ張り出して旅装を整えたりしていると、妙にわくわくしてくる。何やら遠足前の子供のようである(笑)。

 年寄りと子供は妙なところが似ているのであり、小僧たちと何となく気が合うのもその所為なのかもしれない。もっとも、今回は実態調査を「決行」するのであるから、私のような人間は、尚更のことはしゃぎ過ぎないように十分に気を付けねばなるまい。

 今回訪ねることになっている石川県加賀市の橋立(はしたて)町には、「北前船の里資料館」があり、その様子をホームページで眺めていたら、この資料館によって作成された冊子が頒布されていることが分かった。そこで早速すべて購入することにし、電話で連絡を取ってみた。ついでに、パンフレット類もあれば同封して欲しいと頼んでおいた。

 届いたものを眺めているうちに、今回の旅のイメージが徐々にその姿を現してきた。そしてまた、紀行文のようなものが書けそうな気配も感じられるようになってきた。出掛ける前に予備知識を得ておくという効用もあるにはあるが、私にとっては、それよりも何か書けそうな気配の方が大事である。言い換えると、何も書けそうに無いところへは出掛ける気が起こらない(笑)。

 私はいつも出来るだけ身軽な旅を心掛けているので、持っていく荷物は可能な限り最小限にしている。ほんとうならショルダーバッグ一つで出掛けたいところだが、3泊4日の旅ではそこまで身軽になるのは難しい。このところ、お揃いのショルダーバッグと小型のボストンバッグで出掛ける。

 今はボストンバッグではなくキャリーケースと呼ばれる物の方が人気なようだが、ふらりと旅に出たいと願っている私にはどうも似合わないような気もして(何となく大仰な感じがするのである)、先のような出で立ちとなる。お気に入りの出で立ちが決まっているというのが、私には何とも心地よい。

 先に冊子を購入したと書いたが、これも身軽な旅と関係がある。旅先でしか購入出来ない物だと、カバンに詰めて持ち帰らなければならなくなるので、先に購入しておくのである。冊子の類は意外に重い。カラーの図版などを纏めた冊子になると、更に重くなる。それが嫌なので先のようなことになる。

 しかしながらそうなると、現物を手にしてから買う訳では無いので、たまにはわざわざ買うまでもないような物まで含まれることがある。今回もそんな物が1冊混じっていた。この辺りが難点と言えば難点ではあるのだが、身軽な旅の方を大事にしているので、それもやむを得ない。

 旅先で欲しいと思っても、ネットで購入できそうな物はスマホでタイトルの写真だけを撮り、後で購入している。また、このスマホがあれば、旅先で閑な時に広げるような本を持参しなくてもよくなる。また、下着や靴下などは、宿泊先で毎日洗うので、必要最小限の物しか持参しない。部屋に干しておけば翌朝には乾いている。こんなふうにして、身軽な旅を心掛けているのである。

 私は、もともと断捨離の元祖であるなどとうそぶいているような人間なので、「やましたひでこ」さんに、断捨離の思想とノウハウをわざわざ伝授してもらう必要は無い(笑)。ところで、身軽であることに快感を覚えるのは何故なのだろう。私の場合は、無駄を削ぎ落とした先に「美」というものを感じているからなのだが、もしかしたら、他の人からは潔癖過ぎたり神経質過ぎると見えることもあるかもしれない。

 3月24日から冒頭の旅に出掛けるのであるが、戻ってきたらまたブログにあれこれと文章を綴ってみたい。これまでに書いてきた「晩夏の日本海紀行」(2018年)や「晩夏の佐渡紀行」(2019年)の続き物となるので、今度のタイトルは「仲春の越前・若狭紀行」とでもしてみるつもりである。どのみち大したものなど書けはしないのであるが、そんなことを考えているのも、旅の愉しみである。

 3月に入って短い文章を何本か書いた。いずれも雑文の類である。なんだか、春には雑文が似合っているような気がしないでも無い。年がら年中雑文を書いている人間に、そんなことを言えた義理では無いのだが…。

 春うらら雑文ばかりを書き散らし