冬晴れの岬巡りから(下)
小網代の森に出掛けたその二日後、今度は黒崎の鼻というところに顔を出してみた。小網代湾で気に入った写真がたくさん撮れた(ような気がした)ので、それに味を占めてまたまた行こうという気になったのである。ここを知ったのは、しばらく前に買った『湘南ハイク』というガイドブックの最後のコースとして、紹介されていたからである。「海外にトリップしたような絶景に出会える三浦半島の秘境、海を望む草原の岬」と題した紹介文も、何とも気になったが、その中身は以下のようなものだった。
海岸に突き出た小高い丘、 黒崎の鼻。 時を越え、異国の地に降り立ったような錯覚を覚える絶景が、 三浦エリアの三戸浜と長浜海岸の間にひっそりと存在している。京浜急行三崎口駅で下車し、海の方向へ右折すると、見渡すかぎりの畑が広がる。 そのど真ん中、旧海軍の滑走路だったという一本道をひたすらまっすぐ進む。時折、農作業のトラクターとすれ違う。 天気がよければ富士山も見える。そんなのどかな光景に癒やされながら歩いていこう。15分ほど行くと、いよいよゴール間近。一本道の突き当たりに、背丈ほどの草薮があり、人一人が通れるほどの道をかき分けるように進んでいく。先が見えない不安と、期待。胸を高鳴らせていると視界がパッと開け、芝生の丘が現われた。外界から忘れられたような海岸、静かに波打つ海。夕暮れ時、日が海に溶け込んでいく姿も感動的。
すぐにでも出掛けたくなるような、何とも心弾ませる文章ではないか(笑)。こんなことを書いていてふと思ったことだが、一体どんな人がこうしたガイドブックの文章を書いているのだろう。本屋に行けば、実にたくさんの旅行ガイドブックが棚に並んでいる。雑誌やムック本も数しれない。こうした類いのものに文章を書いている人は必ずいるわけで、そうした人は、できうれば文筆で身を立てたいと思いながら、身過ぎ世過ぎでアルバイトとして書いているのであろうか。先の『湘南ハイク』の奥付には編集や写真や地図を担当した人やモデルの名はあるが、文章を実際に書いた人が誰なのかは分からない。
話を元に戻すと、この黒崎の鼻に行くにも前回の小網代の森と同じく三崎口駅で降りる。道路を渡って今度は右折し、しばらくしてから左折すると、一本道になる。やけに幅が広くしかも真っ直ぐな道だなあと思って歩いたが、旧海軍の飛行機の滑走路だったとは。軍都横須賀の防衛に当たっていたのか。そう言えば昔年金者組合のウオーキングで上瀬谷の桜並木を見に出掛けたことがあったが、そこも真っ直ぐな道路で海軍道路と呼ばれていた。そんな形で戦前は今も名残を留めているのである。
今度は、せっかく出掛けるのだからと、事前にネットで美味そうな店を予約しておいた。店の名は「サンセットテラス asora」。ネットでは「キャベツ畑の中の絶景レストラン」と書かれていたが、まさにその通り。一本道を歩いていたが、レストランらしきものはどこにも見当たらない。キャベツ畑が広がっているばかりである。その端の方に、二階建ての白い洋風の建物があったが、それがレストランだとは思いもしなかった。ここでもスマホが役に立った。電話をしたら、キャベツ畑の中ででうろうろしている私に、店の人がテラスから手を振ってくれた。
田舎に似合わずお洒落なレストランだった。少々値は張るが、また来たくなるようなところである。今回は少し風があったので、テラスでの食事は叶わなかったが、次回は是非そうしたいと思った。食事代には絶景料も含まれていたのかもしれない(笑)。窓からの眺めに見とれていたこともあって、聞こうと思っていた asora の意味を聞き損ねてしまった。自分でも調べてみたのだが、分からずじまいだった。
先のガイドブックにあるような道を抜けたら、岩場の多い海に出た。そこまでは、鬱蒼と茂った藪の中の細い道を通ることになる。背丈ほどの草藪どころではない。道に迷ったかと思うほどだった。海に出ると、海岸線の先に富士も見えた。なかなかの光景である。岩場を歩いて冬の海の写真を撮ったが、ゴツゴツしたところを歩くのは、身体が不安定となりなかなか大変である。転べば怪我をするだけではなく、カメラも壊してしまいかねない。ここも二組のハイカーが遠く見えるだけである。寄せては返す波の音だけが聞こえる、何とも静かな場所だった。岩場が続いているので荒々しい風景ではあるのだが、どこかに懐かしさを感じるようなところだった。
黒崎の鼻というのだから、海岸線から飛び出した岩場のことを指しているのであろう。夕陽の写真もできれば撮ってみたかったが、そこまで待つと元来た道に戻れるのかどうかちょっと不安になった。年寄りに無理は禁物なので、止むなく早めに岩場を離れることにした。帰りもまた一面のキャベツ畑のなかを歩いた。この夏に出掛けた北海道のような景観である。本当に広い。背中からは赤く燃えた夕陽が射している。時折振り返ってその夕陽を眺めたのだが、何とも印象深い冬の晩景であった。晩景とは趣があってなかなかいい言葉である。写真集のタイトルに使いたくなった。