「就労の困難」と「困難な就労」(完)
おわりに
「もうひとつ」の働き方としての「ほどよい」働き方をめぐる問題は、「ネットワークが張りめぐらされた労働市場」における、非正規雇用の位置付けとも関連している。非正規雇用が非労働から雇用労働へのブリッジとしての役割を果たしうるためには、以下のような条件が必要となるだろう。まず最初に指摘できることは、需要サイドである企業の側が、「就労の困難」を抱えた若者に就労を体験させ、またそうした若者を採用しようとしているのだということを、事前にある程度知っていることだろう。
もしもそうした事前の情報の共有がなければ、使い勝手のいい低賃金の労働力としてのみ捉えられたり、一般の労働者と同様に働くことを求められて、使えない労働力として切り捨てられてしまうことも十分に考えられよう。当然ながら、そうしたところにはブリッジとしての可能性は存在し得ない。経営者にスモール・ステップアップの意義を理解してもらうためには、事前の情報交換は欠かせないのである。
次に指摘すべきことは、「就労の困難」を抱えた若者が地域社会に生きており、彼らの就労体験先や就職先となる企業も、同じように地域に根付いた地元定着的な企業であることだろう。全国の労働市場ではなく地域の労働市場であり、全国展開の企業ではなく地域の中小零細企業であること、このことも大事な条件となっているのではあるまいか。若者も企業もそしてまた就労支援に取り組むサポーターも、地域の目に見えるネットワークのなかに存在していることによって、トラップではなくブリッジたらしめる可能性が生み出されていくのかもしれない。
そして最後に指摘しておきたいことは、企業の労務管理や労使関係、労働条件、さらには経営者の経営理念や人柄などが、企業外においてもきちんと可視化されており、そのことによって、「就労の困難」を抱えた若者たちにとって、働くことの不安が幾分なりとも緩和されていることであろう。就労支援の「出口」のあり方にも関心が払われていなければならないのである。こうしたことも、非正規雇用がトラップとなることを防ぎうる条件になるのかもしれない。たんなる「就職」支援ではなく「就労」支援であるということの意味は、こうしたところにもあるのだろう。
「就労の困難」を抱えた若者たちにとって、今必要とされているものは、「困難な就労」に追いやることのない「もうひとつ」の「ほどよい」働き方である。そうした働き方が提起しているのは、わが国の「企業社会」における「あたりまえ」の働き方の見直しである。「就労の困難」による「困難な就労」の相対化とでも言えようか。「態度」や「道徳」や「適応」や「心理」を強調する支援を超えた、実践的な就労支援の提起している問題の射程は、意外にも広くかつ深いようにも思われる。「就労の困難」を抱えた若者に対する就労支援の営みは、若者のみならずすべての地域住民の働き方をゆっくりと問い直していくに違いない。
参考文献
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